2019年9月に中国深センで開催された総合格闘技UFCのメインイベントで、アジア人ファイター初のチャンピオンになったジャン・ウェイリーについて紹介します。
UFCに参戦したことのある日本人で有名なのは堀口恭司選手ですが、そんな堀口選手でさえ成し遂げられなかったのがUFCのチャンピオンです。
ジャン・ウェイリーは1989年、中国河北省の石炭坑の一家に生まれました。
一般的に、中国の武術学校への入学は両親が決めるケースが多いのですが、ジャン・ウェイリーの場合は彼女自身の意思で「武術の道」を選択しています。
幼少期
ジャン・ウェイリーは幼少期から、少年のようにわんぱくでスポーツが大好きでした。
小学校時代に所属していた陸上チームでは男子よりも優れた運動神経だったようです。
彼女が8歳だった当時は香港や台湾のカンフー映画が大流行しており、テレビで見た武術に憧れた彼女は両親に武術学校へ入学したいと懇願しますが、両親は彼女がまだ幼いことを理由に許しませんでした。
ジャン・ウェイリーが12歳だったある日、母親と親戚の家を訪問しました。
親戚は彼女を見て「男の子みたいだから、武術学校に入れるべきだ」と指摘し、その後、母親が「本気で武術学校に行きたいの?」と尋ねると、彼女は「行きたい!」と即答したそうです。
こうして、ジャン・ウェイリーは彼女が望む武道学校に入学したのですが、そこで待っていたのは彼女が想像していた「武道の世界」とは異なるものでした。
武術学校時代
武術学校へ入学するため初めて家を離れたジャン・ウェイリーは7ヶ月間いつも泣いていたそうです。
武術学校には血気盛んで物事の分別がつかない子供たちが共同生活しており、「闘い」が彼らのコミュニケーション方法のひとつでした。
ジャン・ウェイリーは武術を学んでいる年長の先輩たちからいつもボコボコにされていました。
そんな生活に馴染めなかった7ヶ月間はほとんど練習をしませんでした。
その後、新しい先生に替わったことをきっかけにジャン・ウェイリーは練習に励むようになります。
天賦の才能に恵まれた彼女は、1ヶ月後には誰よりも強くなり、その後もさまざまな大会で勝ち続け、14歳で河北省散打選手権のチャンピオンになりました。
徐々に名声を上げ、蹴りの名手と言われたジャン・ウェイリーでしたが、同時に深刻な腰の怪我に悩まされていました。
怪我に悩む娘を不便に思った両親に説得され、ジャン・ウェイリーは武術学校を退学する選択をします。
退学後
ストイックな性格のジャン・ウェイリーは、17歳で武術学校を退学した後も両親からの経済的支援を拒否し、ウェイトレス、警備員、幼稚園の先生、ボディーガード、ジムのインストラクターなど様々な仕事に就きました。
そんな期間も格闘技への情熱は冷めず、ジムでの仕事の合間にトレーニングを続け、毎朝6時に起きて11時まで練習し2時に寝る生活を続けていました。
ある日、MMA選手のウー・ハオティエン(吴昊天)が彼女のジムで練習をしたのをきっかけに知り合い友人となり、ジャン・ウェイリーはMMAの練習や試合を見に行くようになりました。
黎明期
2012年、ジャン・ウェイリーはついに家族にプロ格闘家になることを説得します。
ブラジリアン柔術を学び始め、MMAに転向したのもこの時期でした。
彼女は毎日長時間のトレーニングを行い、常に他の誰よりも早く始まり、誰よりも遅くまでトレーニングをしました。
そして、ついに2014年、彼女に初めて試合のオファーが来ました。
しかし、初めての試合のため気合いが入り過ぎた彼女は、逆に練習のし過ぎで腰に深刻なダメージを負い試合をキャンセルせざるを得ない状況になってしまいます。
当時のジャン・ウェイリーは、浮き沈みを経てようやく夢の舞台に立つあと一歩のところですべてがゼロになるという絶望と無力感を味わいます。
ジャン・ウェイリーの黎明期は暗黒でしたが、明けない夜はありません。
リング上の暴風女
リング上のジャン・ウェイリーはまさに暴風そのもの、スピードがあり、反応が機敏で、力強く、動作に無駄がありません。
彼女は毎試合すべて1分以内にスタンディングを制し、相手をテイクダウンしたら寝技で制圧し、すべての試合で彼女の勝利に疑いの余地はありません。
ジャンと闘った日本人
ジャン・ウェイリーは2016年8月7日、東京で藤野恵実選手と試合をしています。
結果は2ラウンド藤野恵実選手の右目上出血によるレフリーストップでした。
Kunlun Fight 49:Zhang Weili (CHN) vs. Emi Fujino(JPN) pic.twitter.com/n3kV0US4CF
— Kunlun Fight (@kunlun_fight) August 7, 2016
座右の銘
ブルース・リーの名言、「失敗を恐れるな。失敗することではなく、目標が低いことが罪なのだ。大きな挑戦ならば、失敗さえも栄光となる」が座右の銘
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2019年のポスターによると21名の中国人選手がUFCと契約しているようです。
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